金本、引退の日

 「アーニキー! 頼むでー! いったれー!」
太鼓とラッパ、そしてメガホンによる盛大な応援とともに金本への期待が高まり、ヒッティングマーチを全員で歌う。聖地・甲子園球場ならほぼ360度からその大声援が金本に集中する。だが、その声援が聞かれるのもあとわずかかも知れない。

 ファンからアニキと慕われる金本が前人未踏の大記録を樹立したのは、2006年4月9日のことだった。あの大リーガー、カル・リプケンが持っていた大記録を抜き904試合連続フルイニング出場を達成したのだ。この間、球史に残り名シーンを作ってきた金本。左手首に死球を受け、軟骨損傷した状態でもフルイニング出場を続け、右手一本でライト前にヒットを打った話はあまりにも有名である。またその後も巨人・木佐貫投手から頭部に死球を受け、昏倒しながらも次の打席でホームランを打った姿は記憶に新しく、それこそ鉄人たる所以であろう。

 そんな数々の感動を我々に与えてきたアニキ金本だが、最もファンの心に焼き付いているのは2010年4月18日のことであろう。その日、先発メンバーを発表する横浜スタジアムのスコアボードに、金本の名前はなかった。どよめく球場、レフトスタンドばかりでなく、プロ野球ファンの誰もが衝撃を受けたのは間違いない。1492試合連続フルイニング試合出場の大記録が途絶えた瞬間である。
今シーズンは開幕時から肩の故障に苦しみ、痛みをこらえての出場を続けていた金本だが、やはりレフトの守備でまともな返球ができなかったことが彼の決断を促したのだろう。真弓監督自身、金本の申し出は想定外の出来事で、彼の先発出場見送りを決めたのは試合開始5分前だったのだ。

 この日以来、金本のモチベーションはどう変わったのか。悔しいと言うよりも、肩の荷が下りたというのが正直なところだろうか。その精神的な変化がどのように影響するのか。
とにかくフルイニング記録は途絶えたが、その後も代打やDHで連続試合出場の記録を伸ばし続けてきた金本。だが、“連続試合”出場だけならはるか上がいる。プロ野球記録は元祖鉄人・衣笠祥雄の持つ2215試合、メジャーではカル・リプケンの持つ2632試合という大記録だ。昨シーズン終了時の金本の連続試合出場記録は1619試合。単純計算するならばプロ野球新記録のためにはあと4シーズン、世界新記録までは7シーズン掛かる。

 現在、金本は42歳だから少なくとも46歳まで、さらに上を狙うなら49歳まで出場を続けなければならなくなる。だがそれ自体は、金本に限って言えば可能である。金本の肉体年齢はまだ若く、25歳と同等だと言われているからだ。ゆえに、たとえ故障を抱えていたとしても毎試合1打席立って記録を伸ばすことは難しいことではないだろう。50歳近くになった金本が打席に立つ。今でも47歳の西武・工藤公康投手がマウンドに立っていることを考えると、金本のそんな姿を見てみたい気もする。

 その一方で、金本知憲という選手の価値を考えた場合、単に鉄人というだけではなく、満身創痍でも一流プレイヤーとしての結果を出し続けられるということだ。その姿が多くの若手選手に勇気とやる気を与えてきた。今シーズン早々に大記録は途絶えたが、現在はまたスターティングメンバーとしてフルイニング出場を再開した。だが残りのシーズン、これぞ鉄人金本と周囲が納得できる成績を残せなければ、余力を残したうちに一線から身を引くことを考えているのではないだろうか。

 昨年、頸椎のケガがきっかけで惜しまれつつ引退したレッドスター赤星は「盗塁王を取れなくなったら、それが引退する時」と言っていた。また怪物くんこと江川卓は、シーズン13勝をあげながらも、自慢の速球に限界を感じて引退を決意した。それぞれニックネームに恥じないパフォーマンスを見せられないと、自らが判断したのだろう。ならば鉄人金本はやはり鉄人としてのパフォーマンス、存在感が薄れたなというのを周囲よりも先に自分が察知した時が引退の日であろう。

 今のプロ野球界で最も尊敬され、愛されている一人であろう金本。ファンの誰もが、そのプレーをいつまでも見たがっているのは間違いない。だが限界を感じたなら、すぐに決断してほしいのだ。次にフルイニング出られなくなった時がXデーへのカウントダウンの始まりになるだろう。アニキが追われるように引退する姿を見たくはない。鉄人は鉄人のまま、伝説となってもらいたい。

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